東京地方裁判所 平成3年(行ウ)201号 判決 1996年5月14日
原告
藤牧則男
同
三島啓吾
同
三島要司
同
三島昌明
同
三島孝一
同
三島幸雄
同
上條喜美子
同
三島周雄
同
三島あき代
同
上條由美子
同
上條智男
同
野間恒利
同
上條眞
同
田中永造
同
河南志津男
同
前田今朝男
同
三島茂
同
大山清
同
倉科弥生
右原告一九名訴訟代理人弁護士
山根二郎
同
富永赳夫
同
土屋耕太郎
同
長谷川幸雄
被告
運輸大臣
亀井善之
右指定代理人
小濱浩庸
外九名
主文
一 原告藤牧則男、同上條喜美子及び同倉科弥生の訴えをいずれも却下する。
二 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が平成三年八月二八日付けで長野県に対してした長野県営松本空港の飛行場施設の変更許可を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
1 本案前の答弁
原告らの訴えをいずれも却下する。
2 本案の答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 長野県松本市大字今井に所在する長野県営松本空港(以下「本件飛行場」という。)は、二〇〇〇メートルないし三〇〇〇メートルの山々に囲まれた盆地(松本平)の中に位置し、長野県が設置し管理する空港整備法二条一項三号所定の第三種空港であって、昭和四〇年に供用が開始され、YS11型旅客機(プロペラ機)の定期便が一日二往復就航していた。
本件飛行場の施設の概要等は別紙1の「旧(現状)」欄記載のとおりであったが、長野県は、本件飛行場の滑走路の長さを従前の一五〇〇メートルから二〇〇〇メートルに拡張してMD87型旅客機の規模のジェット機の離着陸を可能なものとするため、平成二年九月一七日、被告に対し、航空法(以下「法」という。)四三条一項の規定に従い、本件飛行場の施設を別紙1の「新(変更後)」欄記載のとおりとする旨の飛行場施設の変更(以下「本件施設変更」という。)の許可を申請した(以下「本件申請」という。)。
2 本件施設変更後の本件飛行場の着陸帯は、従前の着陸帯の北側三〇〇メートル、南側二〇〇メートルの範囲で拡張され、その長さが一六二〇メートルから二一二〇メートルとなり、航空法施行規則(以下「規則」という。)七五条所定の等級が「D」から「C」となることから、法二条七項及び規則二条二号の進入表面、法二条九項の転移表面に大きな変更はないものの、法二条八項及び規則三条一号の水平表面は、その半径が二五〇〇メートルから三〇〇〇メートルとなり五〇〇メートルの範囲で拡張されることになる。
本件施設変更後の本件飛行場の進入表面、転移表面及び水平表面(以下、これらを総称して「制限表面」という。)の状況は別紙2に図示したとおりであり、法四九条一項によれば、法四〇条(四三条二項において準用する場合を含む。)の告示があった後においては、何人も右制限表面の上に出る高さの建造物、植物その他の物件を設置し、植栽し、又は留置してはならないこととされている。
3 ところが、本件飛行場周辺は北東側から南西側に向けて緩やかな上り勾配の傾斜地となっているため、別紙3のとおり、本件施設変更後の水平表面の南西部分において地盤が103.5ヘクタールの範囲で水平表面の上に突出し、その突出地盤(水平表面の上に出る高さの最大値は12.6メートル)の上には、東京電力株式会社所有の高圧送電線用(東京電力甲信幹線)の鉄塔一〇基及び昭和電工株式会社所有の高圧送電線用(昭和電工赤松線)の鉄塔一九基などが存在しているほか(それらの鉄塔の高さは11.1メートルないし27.9メートルであり、最高で水平表面の上方29.6メートルまで突出している。)、右突出地盤に隣接する地域にも、東京電力甲信幹線の鉄塔六基及び昭和電工赤松線の鉄塔九基などが存在しており、そのうち別紙3の63と表示された東京電力甲信幹線の鉄塔は、水平表面の上方25.3メートルまで突出している(以下、本件施設変更後の水平表面の上に突出する右地盤、鉄塔及び高圧送電線を「本件鉄塔等」という。)。
4 被告は、本件鉄塔等は本件飛行場への航空機の離着陸に支障がないものと判断して、平成三年八月二八日付けで本件申請を許可し(以下「本件処分」という。)、同年九月一一日、本件施設変更後の制限表面の範囲等を告示(法四三条二項、四〇条)した。
5 しかしながら、法は、飛行場に離着陸する航空機の航行の安全を確保するため、制限表面の上方を無障害物空間として確保すべきことを義務付けているのであり、水平表面の上に本件鉄塔等の障害物が突出することになる本件施設変更は、本件飛行場に離着陸する航空機の航行に支障を来す施設変更であり、法三九条一項一号及び規則七九条一項一号の要件を充足しないし、また、本件施設変更は、その後に就航が予定されているジェット機の騒音・振動によって近隣住民の権利利益に対する著しい侵害をもたらすものであるから、法三九条一項二号の要件も充足していないというべきであって、本件処分は違法である。
6 原告藤牧則男、同上條喜美子及び同倉科弥生を除く原告ら(以下「原告三島ら一六名」という。)は、本件施設変更によって拡張された水平表面の投影面内に土地を所有する者であり、原告上條喜美子及び同倉科弥生は、右拡張された水平表面の投影面内に土地を所有する者の妻であり、また、原告藤牧則男は、本件施設変更前の水平表面の投影面内に土地を所有する者であって、いずれも本件施設変更後の本件飛行場の水平表面の投影面内の土地に居住し、違法な本件処分によって航空機の墜落の危険や航空機の騒音・振動にさらされる者であり、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有する。
7 よって、原告らは、本件処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張<省略>
三 被告の本案前の主張に対する原告らの反論<省略>
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4の事実は認める。
2 同5は争う。
3 同6のうち、原告らの土地の所有関係は不知、その余は争う。
なお、原告らが水平表面による私権制限を受ける者として原告適格が認められるとした場合であっても、航空機の墜落の危険や航空機による騒音・振動被害を主張して法三九条一項一号及び規則七九条一項一号並びに法三九条一項二号の各要件の充足を争うことは、本件処分の取消しを求めるにつき原告らに認められる法律上の利益(私権制限)とは何ら関係のない違法事由の主張であって、このような主張は行政事件訴訟法一〇条一項に照らし許されないというべきである。
五 被告の抗弁
1 本件施設変更後の本件飛行場の位置、構造等の設置の計画は、以下のとおり、運輸省令で定める基準に適合するものであり、本件申請は、法四三条二項によって準用される法三九条一項一号の要件を充足している。
(一) 規則七九条一項一号適合性
本件申請時には、本件施設変更後の本件飛行場の進入表面及び転移表面の上に突出する物件が存在していたが、それらの全ては、本件施設変更の工事完成予定期日までに確実に除去できるものであった(実際にも工事完成予定期日までに除去された。)。
また、本件申請においては、水平表面の上に突出する本件鉄塔等は除去されずに本件施設変更後も存続することとされていたが、長野県は、定期航空機の原則的な飛行方式である計器飛行方式の飛行経路を東側に限定するという前提で本件申請を行っており、その内容のとおり、周回進入区域及び旋回離陸上昇区域を本件飛行場の東側に限定することによって、本件鉄塔等は計器飛行方式をとる航空機の離着陸の支障とはならないと認められ、また、有視界飛行方式による飛行が許容されるのは気象条件が極めて良好な場合に限られるから、有視界飛行方式をとる航空機との関係でも、本件鉄塔等はその離着陸の支障となるものではないということができる。
なお、原告らは、法が制限表面の上方を無障害物空間として確保すべきことを義務付けていると主張する。確かに、制限表面のうち、進入表面の上方は航空機の離着陸の安全を確保するため、転移表面の上方は緊急時や進入復行の際の航空機の安全を確保するため、いずれも無障害物空間として確保する必要があり、進入表面及び転移表面の上方空間の確保はいわば絶対的なものということができるが、水平表面は、航空機が離着陸に際して飛行場周辺を旋回飛行する場合の安全を図るために設けられたものであり、旋回飛行に支障のない場合には、必ずしもその円の上空全体を無障害物空間として確保する必要は乏しいということができ、規則七九条一項一号もそのことを前提とする規定であって、原告らの右主張は、水平表面の性質を正解するものとはいい難い。
(二) 規則七九条一項二号ないし五号の二、九号適合性<省略>
2、3、4<省略>
六 抗弁に対する原告らの認否及び反論
(認否)
抗弁1ないし4は争う。
(反論)
1 本件飛行場に離着陸する航空機の飛行経路を水平表面の東側に常に限定することは不可能であり、水平表面の西側を旋回して離着陸する航空機の出現を防止することはできない。すなわち、ジェット機の定期便が就航する本件飛行場においては、パイロットが計器飛行方式を選択した場合にその飛行経路が水平表面の東側に限定されるだけであり、しかも、被告がその飛行経路を東側に限定できるのは進入限界高度(地上約三〇〇メートル)までであって、それ以下の高度では飛行経路を水平表面の東側に限定することはできないのであるから、航空機の飛行経路を本件飛行場の東側に限定することを前提に本件申請がされたからといって、そのような限定を前提にして離着陸に支障があるかどうかという規則七九条一項一号の要件を審査することは許されない。
したがって、本件処分は、採り得ない前提に立って規則七九条一項一号にいう離着陸の支障の有無を審査し、その判断を誤ったものであって、違法である。
2 そもそも、航空機の墜落事故の大部分が離着陸のため低空飛行を行っている際に発生しているとの過去の事例に照らしても明らかなとおり、円周で囲まれた水平表面の上方を無障害物空間として確保することは、飛行場に離着陸する航空機の航行の安全上必要不可欠なものであり、法は、場合によっては水平表面の一部分の上方空間を無障害物空間として確保しないでよいとの恣意的な取扱いを許してはいないのである。
もっとも、法四九条一項ただし書及び規則九二条の二は、「仮設物」、「避雷設備」「地形又は既存物件との関係から航空機の飛行の安全を特に害しない物件」が例外的に水平表面の上に突出することを許容しているが、この例外的取扱いを受ける物件は、その上を航空機が飛行しても安全上問題がないものを意味するのであって、広範囲(一〇〇ヘクタール以上)でその最高の高さも水平表面の上方約三〇メートルにまで達する本件鉄塔等のように、航空機がその上を避けて飛行するとの前提で安全性の審査をしなければならないような物件は、右の例外的取扱いを受け得る物件に該当しないことが明らかであり、本件鉄塔等が存在する以上、本件施設変更後の本件飛行場は、水平表面の上方を無障害物空間として確保しておらず、航空機の離着陸に支障があるというべきであって、その支障がないとの認定を前提とする本件処分は違法である。
3、4<省略>
第三 証拠<省略>
理由
第一 本件処分の取消しを求める原告適格について
一 行政事件訴訟法九条にいう処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、当該処分を定めた行政法規が個人の具体的利益を個別的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されることになる利益も右にいう法律上保護された利益に当たるということができる。
二 飛行場施設の変更許可は、飛行場の設置者に対し、その施設を変更する権限を付与することを目的とする処分であるが、飛行場の範囲あるいは制限表面に変更を生ずる施設変更を許可したときは、被告は、許可に係る制限表面等について告示することとされており(法四三条二項によって準用される法四〇条)、公共の用に供する飛行場にあっては、右告示後は、何人も、制限表面の上に出る高さの建造物、植物その他の物件を設置し、植栽し、又は留置してはならないものとされている(法四九条一項)。
したがって、制限表面の範囲の変更を生じることとなる本件処分は、取りも直さず制限表面による私権制限の範囲を変更する法的効果をも有するものであり、これによって、新たにあるいは従前以上に、制限表面による私権制限を受けることとなる者は、本件処分により自己の権利を侵害される者として、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するということができる。
三 これを本件についてみるに、<略>によれば、原告三島ら一六名は、水平表面の拡大により従前なかった私権制限が生じる範囲に土地を所有するか、あるいは進入表面が三〇〇メートル北側に移動しその表面の高さが従前より低下したため、従前から存在した私権制限が強化された範囲に土地を所有する者であることが認められるから、原告三島ら一六名は、本件処分によって、新たにあるいは従前以上に、制限表面による私権制限を受けることになった者として、本件処分の取消しを求める法律上の利益を有するものである。
これに対し、<略>によれば、原告藤牧則男は本件飛行場の従前の水平表面の投影面内に土地を所有する者であること、原告上條喜美子及び同倉科弥生は本件施設変更の前後を通じて本件飛行場の制限表面の投影面内に土地建物等の財産権を有する者ではないことが認められるから、これら原告三名については、本件処分により、新たにあるいは従前以上に、制限表面による私権制限を受けることになった者ということができず、本件処分の取消しを求める原告適格を肯定することはできない(原告上條喜美子及び同倉科弥生は、夫の所有地について私権制限を受ける旨主張するが、夫の有する土地所有権が侵害されるからといって同原告らの権利利益が侵害されることになるものでないことはいうまでもない。)。
四 ところで、原告らは、本件飛行場に離着陸する航空機の墜落による危険や騒音・振動被害を受けることを理由に本件処分の取消しを求める法律上の利益があると主張するので、原告藤牧則男、同上條喜美子及び同倉科弥生について、右の見地から原告適格を肯定し得るかどうかについて検討する。
前示のとおり、飛行場施設の変更許可は、飛行場の設置者に対し、その施設を変更する権限を付与することを目的とする処分であり、施設変更後の飛行場が航空機の離着陸並びに航空の利用に供する施設として法令所定の基準に適合しているかどうかを審査して許否を判断することとされているが(法四三条二項によって準用される法三九条一項、規則七九条)、法及び規則を検討しても、飛行場施設の変更の許否を審査する段階で、飛行場に離着陸が予定される航空機による騒音・振動被害の有無・程度を具体的に審査すべきことを義務付ける趣旨の規定は見当たらず、また、特に飛行場の周辺住民を対象に航空機の墜落による危険にさらされない利益を個別的具体的に保護しているとみられる規定も見当たらない(規則七九条一項一号は、当該飛行場における航空機の離着陸の安全を確保するためのものであるが、これは、離着陸時の事故の発生を防止し、人や物の安全を確保するという航空交通一般の安全のための規制を定めたものであって、この規定をもって、原告らが主張するように、特定地域(飛行場周辺)の住民の航空機の墜落による危険にさらされないという利益を個別的具体的に保護している規定とまで解することは困難である。)。
また、法四三条二項によって準用される法三九条一項二号によれば、飛行場施設の変更によって「他人の利益を著しく害することとならない」ことが要件とされているが、飛行場の範囲あるいは制限表面の変更を伴わない施設変更の場合には、利害関係人に意見を述べる機会を与えるべき旨を定めた法三九条二項の規定の準用が除外されていること(法四三条二項ただし書)を考えると、右「他人の利益を著しく害することとならない」との規定は、主として、制限表面等による私権制限の対象となる私人の財産権に対し配慮すべきことを定めたものであって、これをもって、直ちに原告らが主張するような飛行場周辺の個々の住民の安全・平穏な生活を営む利益を個別的具体的に保護する趣旨の規定と解することはできない。
もっとも、飛行場施設の変更により当該飛行場に離着陸する航空機の運航状況の著しい変更が予想され、これに伴って航空機による騒音・振動被害が著しく拡大され、飛行場周辺地域の環境が明らかに激変することが見込まれる状況があるような場合には、その被害の拡大の程度やこれに対する対策という点をも考慮して、当該施設の変更が「他人の利益を著しく害することとならない」かどうかを判断する必要があると解する余地もないではないが、そのような場合であっても、施設変更の許否の審査の段階においては、施設変更後の航空機の具体的な運航状況が確定されているわけではないのであるから(この点において、本件は、原告ら引用の最高裁判決と事案を異にしているものである。)、専ら一般的公益の確保の見地から、飛行場周辺地域一般の生活環境の変化の有無・程度、被害対策の規模といった事項を概括的に斟酌するにとどまらざるを得ないのであって、結局のところ、法は、飛行場施設の変更の許否を審査する際に、飛行場の周辺住民が受ける騒音・振動被害の有無・程度を個別的具体的に斟酌すべきであるとまではしていないと解するほかない。
したがって、航空機の墜落による危険や騒音・振動被害を受けることを理由に本件処分の取消しを求める法律上の利益があるとする原告らの主張は採用することができず、原告藤牧則男、同上條喜美子及び同倉科弥生については、この点からみても原告適格を肯認することができない。
五 なお、被告は、原告三島ら一六名が本件処分について法三九条一項一号及び二号の要件の適合性を争うことは行政事件訴訟法一〇条一項に抵触する旨主張するが、原告三島ら一六名は、前記認定したとおり、いずれも本件処分によって、新たにあるいは従前以上に、制限表面による私権制限を受けることになった者であるところ、右原告らは、本来、本件処分が法令所定の要件を充足する適法な処分であって初めてそのような自己の権利に対する実体法上の制限を受忍しなければならないこととなるのであるから、同原告らは、本件処分の違法事由として法三九条一項一号及び二号の要件を欠くことを争うことができるというべきであり、被告の右主張は失当である。
第二 本件処分の適否について
一 請求原因1ないし4の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 法三九条一項一号に基づく規則七九条一項一号適合性について
本件施設変更後の本件飛行場が、法三九条一項一号により適合することが要求されている規則七九条一項一号の基準、すなわち、飛行場の周辺にある建造物、植物、その他の物件であって、運輸大臣が航空機の離陸又は着陸に支障があると認めるもの(以下「離着陸支障物件」という。)がないとの基準を充足しているかどうかについて判断する。
1 右にいう離着陸支障物件とは、航空機が安全に離着陸できるために一般に必要とされる空間、すなわち制限表面及びこれに極めて近接する範囲にあってその離着陸の妨げとなる可能性があると認められる物件をいうものと解される。
ところで、制限表面のうち、進入表面は、飛行場に離着陸する航空機が滑走路に正対して下降・上昇して飛行する空間を確保するために定められた平面であり、転移表面は、離着陸の際に滑走路の中心線から逸脱した航空機が進入復行する場合など緊急時に対応するための空間を確保するために定められた平面であり、水平表面は、航空機が離着陸に際し飛行場周辺の上空を旋回飛行する場合に備えてその空間を確保するために定められた平面であって、法は、それらの制限表面の上に出る高さの建造物等の設置等を原則として禁止し、同表面の上方の空間を確保することとしているが、進入表面及び転移表面は、航空機が常時あるいは緊急時にその上空を航行することが予定されている空間であって、法は、それらの表面の上に出る物件が存在することを許容していないと解すべきであるのに対し、水平表面については、その表面に出るものであっても、運輸省令の定める一定の物件(仮設物、建築基準法三三条の規定により設けなければならない避雷設備、地形又は既存物件との関係から航空機の飛行の安全を特に害しない物件)で、飛行場設置者の承認を受けた場合には、これを設置・留置することが許容されている(法四九条一項ただし書、規則九二条の二)。これは、水平表面が、離着陸の際の旋回飛行のために、飛行場の標点を中心とする円として設けられるもので、航空機が常に必ずその円内全部を飛行するという空間ではなく、自然の地形や航空援助施設の配置状況などから、航空機が飛行することの比較的少ない区域では、水平表面の上に突出する程度、規模などに照らし、その物件の設置を認めても航行の支障とならない場合があることによるものと解される(なお、昭和三五年法律第九〇号による法の改正前は、進入表面及び転移表面と異なり、水平表面の上に出る物件の設置が禁止されていたわけでなく、ただ航空障害灯の設置が義務付けられていたにすぎない。)。
したがって、進入表面及び転移表面の上に出る物件は常に離着陸支障物件に該当するというべきであるが、水平表面の上に出る物件については、その存在が絶対に許されないというわけではないのであるから、本件のように飛行場施設の変更により水平表面の範囲が拡大することに伴い、新たに水平表面の上に出ることとなる物件が存在する場合でも、これをもって直ちに離着陸支障物件に当たるということはできないのであって、その位置や突出の程度、その規模、飛行の態様などに照らし、離着陸する航空機の航行の安全を特に害するものといえないときは、離着陸支障物件に当たらないと解すべきである。
2 <略>によれば、本件申請当時、本件施設変更後の本件飛行場の進入表面及び転移表面の上に突出する電柱、樹木、建物などが存在し、その水平表面の東側には同表面の上に突出することになる東京電力株式会社所有の高圧送電線用の鉄塔二基(東京電力大町線)が存在していたこと、本件申請においては、それらの物件はすべて除去されることが予定されており、工事完成予定期日とされた平成六年三月二〇日までに確実に除去されるものと判断されたこと、実際にも右期日までにそれらの物件はすべて除去されたことが認められるから、規則七九条一項一号ただし書により、本件施設変更後の本件飛行場は、その進入表面、転移表面、水平表面の東側に関しては、離着陸に支障があると認められる物件はなく、同号の基準に抵触するところはなかったということができる。
3 次に、前記争いのない事実によれば、本件施設変更後の本件飛行場の水平表面の西側に同表面の上に突出する本件鉄塔等が存在しているところ、<略>を総合すれば、以下の事実が認められ、その認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 本件施設変更後に本件飛行場に離着陸することが予定されていた航空機は、国内の空港との間の定期航空便として就航する株式会社日本エアシステムの小型ジェット機(MD87型機又はこれと同程度の性能を有するジェット機)が主なものであるが、そのほかに、測量などを目的として従前から不定期に本件飛行場を使用していたプロペラ機などの小型機もあった。
本件申請は、本件鉄塔等が存在するため、本件飛行場に離着陸する航空機の周回進入区域を東側に限定することを前提としてされたものであり、本件申請時には、航空機に対して周回経路を表示するための地標航空灯台四基を本件飛行場の南東側に設置し、本件鉄塔等などに昼間障害標識(法五一条の二)を設置することが予定されていた(なお、水平表面の西側には、本件鉄塔等のほかにも、水平表面の上に突出する建物や電柱等が存在しているが、その位置は本件鉄塔等と同じく水平表面の南西部であり、その中には、本件施設変更前の水平表面の範囲内にあるものも少なくなく、その突出する高さはいずれも本件鉄塔等の最も高いところを超えることはない。)。
(二) 本件鉄塔等の位置は別紙3に図示されたとおりで、水平表面から突出する程度は、最も高いところで29.6メートルであり(別紙3のC13)、また、本件飛行場の南側進入表面に最も近接している別紙3の63の鉄塔は、水平表面の上に出る高さは25.3メートルで、着陸帯縦方向の中心線の南西二二度の方向にあり、南側進入表面の中心線から約八〇〇メートル、同進入表面の西側の端から約五〇〇メートル離れている。本件鉄塔等のうち、別紙3のC7ないしC11、C31ないしC36の鉄塔部分は、もともと本件施設変更前の水平表面の範囲内にあったものであるが、その余の鉄塔部分は、いずれも本件施設変更により水平表面が拡大した結果、水平表面の上に突出することとなったものである。
(三) 本件飛行場周辺の空域には、飛行場の管制塔によって離着陸の管制業務が行われる「航空交通管制圏」(法二条一二項)に指定された空域はないが、本件飛行場の滑走路南端付近に設置された松本VOR(超短波全方向式無線標識)を中心とする半径三六キロメートルの範囲では地表から二〇〇メートル以上の空域が、その外側においては地表から四五〇メートル以上の空域が、「航空交通管制区」(法二条一一項。以下「管制区」という。)に指定されており、管制区においては埼玉県所沢市所在の東京航空交通管制部(及び東京航空局松本空港出張所)との無線通信による航空路の航空交通管制が実施されている。
管制区においては、計器気象状態(有視界飛行方式が禁止される気象状態)であっても飛行することが許されるが、その場合には、必ず計器飛行方式によって飛行しなければならず(法九四条。なお、法一五四条一項六号の二は、その違反に対する罰則を規定している。)、計器飛行方式によって管制区を飛行する場合には、飛行経路その他の飛行方法について常時被告の指示に従うものとされ(法二条一五項二号、法九六条一項。なお、法一五四条一項八号は、その違反に対する罰則を規定している。)、飛行する際には飛行計画を被告に通報しその承認を受けなければならないとされている(法九七条。なお、法一五四条一項九号は、その違反に対する罰則を規定している。)。
本件飛行場に離着陸する航空機の場合には、地上視程が五〇〇〇メートル以上、雲高が地表から三〇〇メートル以上という良好な気象状態でなければ、計器飛行方式によらない飛行方式(有視界飛行方式)をとってはならないとされているが(法九四条、法二条一三項、規則五条四号、昭和五〇年一一月二九日運輸省告示五五八号)、本件飛行場に離着陸する小型ジェット機の殆どは、株式会社日本エアシステムの定期航空便として就航するものであり、通常、定期航空運送事業者が運行する航空機の場合には、被告が認可する運航規程(法一〇四条)により、有視界気象状態においても、原則として計器飛行方式による飛行を行うこととされている。
(四) 航空機は、飛行場への離着陸の安全確保のため、飛行場及びその周辺における航行方法として被告が各飛行場ごとに規則一八九条二項に基づいて定めた飛行の方式や進入限界高度を始め、同条一項各号所定の飛行方法を遵守して航行しなければならず(法八三条。なお、法一五四条一項二号は、その違反に対する罰則を規定している。)、また、被告は、航空機乗組員に対し、各飛行場ごとに定めた飛行の方式、進入限界高度、飛行場における航空機の運航についての障害に関する事項など航空機の運航のために必要な航空情報を提供しなければならないものとされている(法九九条、規則二〇九条の二)。
なお、本件飛行場の場合、本件処分後に計器飛行方式で本件飛行場の離着陸する場合の飛行方式が四つ(進入方式二つ及び出発方式二つ)定められているが、そのうち進入の方式として定められた「滑走路18進入方式」及び「松本VOR/DME・A進入方式」は、一旦、本件飛行場滑走路南端付近に設置された松本VORの上空を南から北に通過した後一八〇度旋回したうえ高度を序々に下げて飛行場に近づくという飛行方式で、その際、滑走路南側から進入するために旋回する場合の飛行経路が滑走路の東側に限定されており、また、出発の方式として定められた「松本リバーサル1出発方式」及び「八方1出発方式」は、滑走路南側から出発する場合、滑走路の針路により高度約七七〇メートル以上に上昇し、距離約5.5キロメートル以内において左旋回を完了するものとされており、やはり飛行経路として滑走路の東側を旋回する飛行方式がとられている。
また、本件飛行場の場合には、計器飛行方式の場合の進入限界高度が飛行場の標点の高度(以下「標点高度」という。)の上方約三〇〇メートルと定められており、降下中の航空機が右高度に達した際にパイロットが地表面を視認できない場合には、それ以上着陸のための進入(降下)を継続することが禁止されている(規則一八九条一項三号)。
(五) 小型ジェット機が計器飛行方式によって本件飛行場の滑走路南側から着陸しようとする場合には、旋回のための飛行経路が東側に強制されるため、標点高度の上方四五〇メートル程度の高度で水平表面の東側の同表面やや外側を滑走路と並行に南下し、滑走路南端を通過する付近で右側に旋回を開始し、旋回及び進入経路を指示する地標航空灯台で航空機の位置を確かめながら徐々に降下し、標点高度の上方二〇〇メートル程度の高度で滑走路と正対し、南側の進入表面の中心線(着陸帯中心線の延長線)の上を進入角指示灯により三度の角度を保ちながら降下を続け、滑走路に着陸するという飛行を行うのが通常である。
本件鉄塔等のうち右南側進入表面に最も近接している別紙3の63の鉄塔の位置、同表面との距離からすると、右のような旋回飛行の際に多少通常の飛行経路を逸れたとしても、計器飛行方式で飛行中の小型ジェット機が右鉄塔付近の上空を通過するという事態が生じることは殆ど想定することができない。
(六) 定期航空便として就航が予定されている小型ジェット機は、原則として計器飛行方式により右のような飛行方式を遵守して飛行するが、有視界気象状態の場合には、パイロットの判断によって有視界飛行方式を選択したうえ飛行場西側を旋回して本件飛行場に着陸する余地が残されており、この場合の通常の飛行経路は、東側を旋回する場合の右の飛行経路と対称のものとなり、殆どの場合は本件鉄塔等の上空を通過することはないが、同機の旋回半径に照らし最も内回りで旋回した場合を考えると、本件鉄塔等のうち別紙3のC1ないしC5の鉄塔付近の上空を通過することもありえないわけではない(なお、C12、C13、61、62、63の鉄塔付近の上空を通過することは想定できない。)。しかし、その場合であっても、右鉄塔等の上空を通過する際の高度は、標点高度の上方約四五〇メートル程度であって、その高度は、本件鉄塔等の最も高い部分(標点高度の上方約七五メートル)から三〇〇メートル以上も上空であることになる。
(七) 本件飛行場に離着陸が予定されていた航空機のうち、プロペラ機などの小型機については、計器飛行方式をとらずに有視界飛行方式によって本件飛行場の水平表面の西側を飛行することが考えられるが、本件鉄塔等が本件施設変更前から存在していたにもかかわらず(なお、前記のとおり、鉄塔等の一部は本件施設変更前の水平表面の範囲内に存在していた。)、そのような小型機は、本件施設変更前も、本件鉄塔等が特に支障とならずに本件飛行場に離着陸していたものであり、右小型機にとっては、本件飛行場の滑走路が南側に二〇〇メートル、北側に三〇〇メートル延長されたとしても、本件飛行場への離着陸の条件に大きな変化はないといえる。
(八) なお、本件飛行場のほかにも、水平表面の上に突出する物件が存在しているため、飛行の方法を障害物のない片側周回に限定することとしている飛行場として、岡山空港(第三種空港)、庄内空港(第三種空港)がある。
4 右認定したところからすれば、本件鉄塔等は、本件飛行場の滑走路南側から出発する航空機の離陸直後の飛行の安全に支障があるとは考え難いし、また、本件施設変更前から本件飛行場に安全に着陸していたプロペラ機などの小型機については、本件施設変更後もその着陸のための条件が大きく変化したとはいえないのであるから、本件鉄塔等が右小型機の着陸のための飛行の安全を脅かすものとも考えられない。
また、小型ジェット機については、殆どのものが計器飛行方式で進入のための飛行を行う結果、飛行経路が本件飛行場の東側に限定されており、その場合には、仮に小さい旋回半径により南側の進入表面の横(東側)から同進入表面上方に周り込んで進入又は進入復行のための飛行をすることがあるとしても、本件鉄塔等付近の上空を通過するとは考え難く、したがって、本件鉄塔等が本件飛行場の東側を旋回する小型ジェット機の着陸のための飛行の安全に支障があるとはいえない。
次に、有視界飛行方式により本件飛行場の西側を旋回して本件飛行場に着陸しようとする小型ジェット機の場合には、通常想定されている飛行経路をとって水平表面の西側を南進し左旋回して滑走路と正対するという飛行方法による限り、本件鉄塔等が飛行の安全の支障となるとは考えられない。しかも、小型ジェット機が西側旋回の飛行経路をとるのは有視界気象状態という気象条件が非常に良好な場合に限られているのであり、しかも、パイロットは予め航空情報の提供を受けて本件鉄塔等の存在を承知しているのであるから、パイロットとしては、昼間障害標識が施された本件鉄塔等を容易に視認しながら航行することができ、本件鉄塔等との接触を避けることが可能な状況下で飛行するものであることからすれば、仮に通常想定される西側旋回の飛行経路から外れ、本件鉄塔等の上を飛行する場合があるとしても、本件鉄塔等は、有視界飛行方式により西側旋回の飛行経路をとる小型ジェット機の着陸のための飛行の安全に特に障害になるとはいえない。
5 そうすると、原告三島ら一六名が主張するように、本件飛行場が二〇〇〇メートル以上の山々に囲まれた盆地の中に位置しているという立地条件を考慮しても、本件鉄塔等は、本件飛行場に離着陸する航空機の航行の安全を特に害するものとは認められないから、それが離着陸支障物件に当たらないとした被告の判断は相当であって(なお、本件鉄塔等のほかに水平表面の上に突出する建物、電柱等もまた、以上と同様の理由により離着陸支障物件に当たらないということができる。)、本件飛行場の施設等は、規則七九条一項一号の基準を充たすものということができ、右基準に適合しない旨の原告三島ら一六名の主張は採用することができない。
三 法三九条一項一号に基づく規則七九条一項二号ないし五号の二、九号適合性及び法三九条一項三号ないし五号の要件の充足について
<略>によれば、本件施設変更後の本件飛行場の施設が、法三九条一項一号所定の運輸省令で定める基準のうち規則七九条一項二号ないし五号の二、九号の各基準に適合すること、本件施設変更については法三九条三号ないし五号の要件を充足することが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 法三九条一項二号、二項の要件の充足について
1 <略>によれば、本件飛行場の制限表面の投影面内には、人口・建物が密集し土地が高度に利用されている市街地はなく、民家が集まって集落を形成している地域の建物も概ね木造の低層建築物であり、集落以外の地域は、運動施設など公共施設の敷地、公園、工場団地、畑や果樹園などとして利用されていること、平成二年一二月一九日に開催された公聴会においても、拡大される制限表面によって建築物等の高さが制限されることについて特段異論を述べる利害関係人もなかったことが認められ、本件施設変更に伴う制限表面の拡大によって、飛行場周辺の土地建物の所有者等に酷となるような重大な私権制限が生じるとはいえないのであって、本件施設変更は法三九条一項二号にいう「他人の利益を著しく害することとならない」ものということができ、かつ、本件処分は、法三九条二項所定の公聴会を経て行われたもので、手続的に欠けるところもない。
2 原告三島ら一六名は、本件施設変更は航空機による騒音・振動被害を拡大するものであって法三九条一項二号の要件を充足していない旨主張する。
前示のとおり、法三九条一項二号にいう「他人の利益」は、主として、制限表面等による私権制限の対象となる私人の財産権を意味するものであるが、飛行場施設の変更に伴い航空機による騒音・振動被害が著しく拡大され、飛行場周辺地域の環境が明らかに激変することが見込まれるような場合には、当該施設変更の必要性や被害対策の内容なども考慮して、同号の要件を充足しているかどうかを判断すべきであると解する余地もないではない。
しかしながら、<略>によれば、本件飛行場は、従前、YS11プロペラ機が大阪国際空港との間の定期便として一日二往復の割合で就航していたが、本件施設変更後は、株式会社日本エアシステムの小型ジェット機(MD87型機又はこれと同程度の性能を有するジェット機)が国内のいくつかの空港との間の定期便として就航することを予定して本件施設変更が計画されたことが認められるところ、前記認定したとおり、本件飛行場周辺には人口・建物が密集した市街地はなく、民家が集まって集落を形成している地域のほかは、運動施設や工場団地、畑や果樹園などとして利用されているという状況に照らせば、本件においては、本件施設変更に伴い航空機による騒音・振動被害が著しく拡大され、飛行場周辺地域の環境が明らかに激変することが見込まれるとまでいうことはできないのであって、本件施設変更が法三九条一項二号の要件に欠けるということはなく、原告三島ら一六名の前記主張は失当である。
五 以上のとおり、本件処分は、実体的にも手続的にも適法であって、その違法をいう原告三島ら一六名の主張は理由がない。
第三 結論
以上の次第で、原告藤牧則男、同上條喜美子及び同倉科弥生の訴えは、いずれも原告適格を有しない者が提起した不適法な訴えであるからこれを却下することとし、原告三島ら一六名の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤久夫 裁判官德岡治 裁判官橋詰均は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官佐藤久夫)
(別紙3)
別紙1、2<省略>